『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』をみた。

 

www.youtube.com

 原題 "Stantwomen the untold hollywood story" 。語られざるハリウッドの歴史、といったところか。邦題とは微妙にニュアンスが違う。ハリウッドの歴史は男によって語られてきた側面が強い。女性が居なかったわけではない。ただ、少なかった。

 きらびやかな衣装に身を包み、男の腕に抱かれてキスをする。それだけが女の役割か? 違う。それは「男がそうあってほしい女性像」だ。このドキュメンタリーは、実際に道を拓いてきたスタントウーマンたちの聞き取りによるものだ。女性の視点から見るハリウッドアクション、スタントの歴史は違った側面を教えてくれる。

 ドナ・キーガンは『トゥルー・ライズ』が思い出深いと語る。ジェイミー・リー・カーティスの代役を務めた。途絶えた道路の先は海、車の屋根からヘリに掴まって間一髪! という有名な場面。次の瞬間には足場だった車が海に沈む。ヘリから宙づりのまま見た景色が忘れられない。太陽を浴びて空を飛ぶ爽快さを、つい先ほどの出来事のように語る。

 本作で製作総指揮を務めるミシェル・ロドリゲスは『ワイルド・スピード』で代役を担当したデビー・エヴァンスの運転に魅了された。トレーラーの下をくぐるカースタントはデビーによるもの。「仕事を真に楽しんでいるのは、私(女優)ではなく彼女(スタント)だ」と思ったという。

ハリウッド草創期 盗まれた平等

 映画史研究家(名前確認できず)によれば「1910年代、ハリウッドでは女性が所有する会社も多く、移民も採用されていた。主演、監督も女性割合が1980年代より高い」そう。

 『ヘレン・ホームズの冒険(The Hazards of Helen)』は各話12分全119本の連続活劇で、当時としては世界最長と言われる。毎週新作が公開され、観客が足を運んだ。ヘレン・ホームズ(Helen Holmes)で検索すると動画が色々出てくるかも(権利関係が不明。リンクは貼らない)。バスター・キートンチャップリンのようなボディアクションを女性が命綱もなくやっていた。

 映画監督のポール・フェイグの説明はこうだ。西海岸でやっている映画という産業が儲かるらしいと聞きつけた商売人が、元いた女性や移民を追い出し乗っ取った。演者の役割は白人男性で固められ、女優は男たちの褒美としての役柄。のみならず、女優の階段落ちスタントは小柄な男性に。あるいは黒人俳優のスタントを白人が肌を塗って演じる、といった具合に。

チャーリーズ・エンジェルワンダーウーマン

 この状況に変化があらわれるのに、1960年代まで待たなければならない。『おしゃれスパイ危機連発(1967)』など、徐々に女性主役の映画が増えていく。70年代をむかえると男女同権運動とともにこうした作品が作られていくようになった。スタントにも女性が起用されるようになる。

 『ワンダーウーマン(TV 1975〜79)』でスタントを演じたジーニー・エッパーは象徴的だ。ガラス窓の天井を蹴破ってとび降りるスタント。ビルの窓から背面で飛び降りるスタント(逆回しでジャンプし侵入したように見せる)。彼女の仕事は人々を魅了した。

 ジュール・アン・ジョンソンは「アイロン台を飛び越えられるスタントを探している」という求人を聞きつけ、応募した。60年代からキャリアをスタートし『チャーリーズ・エンジェル(TV 1976〜81)』ではアクション監督を務めた。この2作は女性主役のシリーズとして、いまもリメイクが作られている。

 活躍が認められたのも束の間。ジュールは同僚男性のドラッグ使用を告発したことで逆にクビを言い渡され、裁判になってしまう。ジーニーはスタントウーマン協会会長を務めた5年間、ユニバーサル社から仕事を切られ、静かに干されたという。現場では波風立てずに黙って指示どおり過ごすことが要求された。

女なら大失敗、男は不問というミソジニー

 カースタントの名手、デビー・エヴァンスは言う。女はミスが許されないと。付け入る隙を与えるからだ。男はミスしても咎められることはないが、女には「これだから女には無理」と冷ややかな声が投げかけられる。

 デビーはスタント大会のカー部門1位、バイク部門2位の実力の持ち主。彼女は「成功のイメージ」をもてと語る。少しでも不安があればそれは事故につながる。不安の芽はリハーサル段階で全て詰んでおくようにと。

 男性ができないと断った場面を引き受けて成功させたこともある。デビーを知るロス・シャーフォーンいわく「男は若いうちに乱暴な運転を覚えがち。運転スタントは繊細な操作が求められる。男はその癖を直すところから教えないといけない」。女性スタントは、現場の要求以上にうまく魅せ、周囲の男を納得させるところからスタートさせなければならない。デビー・エヴァンスは現場で値踏みされることがあっても、実演で示し、多くの賞賛を得た。

 女性に課される条件はときに男性より過酷になる。例えばマーベルやDCのようなコミックヒーローもの。女性ヒーローは肌の露出面積が大きくヒールを履くデザインが多い。ハイヒールがバランスを取りづらいのは説明するまでもない。また薄着なぶん、プロテクターの面積も狭くなる。男性ヒーローがハイヒール、肌の露出が多い条件はあまり想定されないし、体重的にも無理だろう(重ければ足首の負担は大きくなる)。

映画業界にもある、呪いの言葉

 スタントは危険な職業だ。アザや擦過傷は日常茶飯事。『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』ではスタントが柱に激突して大怪我をした。その映像が、そのまま劇中で使われている(訴訟にでもならない限り、まんま採用される例が他にもあるということ?)。

 人の怪我を見て喜んでいるのかとおもうとギョッとするが、同時にフィルムは彼らの命がけの、生き様の記録でもある。死に至ったケースにも触れられている。関係者が涙ながらに語る内容は痛々しいでは済まないものだ。

 性別に関係なく、撮影中の事故は起こりうる。にもかかわらず、女性スタントにだけ厳しい言葉が投げかけられる。それは映画業界特有のものではない。社会全体に蔓延したミソジニー(女性嫌悪)から発せられるものだ。

 1. 出産育児で家を空けられなくなったら仕事が来なくなる。

 2. 40過ぎたら仕事が来ない。

 3. 危険だから女性はやるべきでない。

 「女は◯◯だからできない」という先入観から語られる言葉に、根拠はまったくない。これらはすべて言葉の呪いでしかない。相手の動きや思考を縛る呪い。ひとつひとつ解いてみよう。

 1. 家事負担は誰かひとりではなく、パートナー、協力者、または介護医療サービスなど外部委託によって合理的に解決されます。

 2. 歳を重ねて仕事内容が変わるのは当たり前です。

 3. スタントの危険性は、性別によって変わることはありません。

 映画の中で、先輩の姿に憧れた女性たちが「自分もやりたい、できる」と目指したきっかけを口々に語っていた。あなたが望めば、自由に、何を職業にしてもいい。

 ジーニーは言う。「危険でもやる価値がある。成功の先に喝采が待っているから」と。

 『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』はイオンシネマ、TOHOシネマズのほか全国ミニシアターで上映(2021年1月8日〜)。

 ※各発言は上映を見ながらとったメモからおこしたもの。そのため、ニュアンスの違い、間違いが含まれるかもしれない。ビデオリリース後に再確認したい。

stuntwomen-movie.com